近藤陽一郎
近藤陽一郎 HP
ピンボール・ドライブ HP
http://pinballdrive.com/top.htm
1976年7月14日、新潟県長岡市生まれ。
親がドライブで聞いていたサザンをうろ覚えながら育つ。
中学時代、長渕剛に憧れて音楽準備室にあったギターを弾き始める。
友人と集まっては唄い、高校時代に初めてオリジナル曲を作る。
高校球児だった当時、星新一、椎名誠、沢木耕太郎、手塚治虫などを読みあさった影響か、物書きに成ろうとする。
高校卒業と同時に上京。予備校生活の後、大学進学。
20歳の誕生日、吉祥寺駅前で初めて路上で唄う。
以後、気まぐれに路上ライブ活動。
大学時代。バイトとコピーバンドの日々。
Mr.Childrenのコピーバンド(Vo&Gt)で学園祭などに出演。
21歳。予備校時代の仲間と創っていたフリーペーパーがきっかけとなり、出版社に勤め始める。
雑誌に書いたり本を書いたり。
「RIZING」というお祭りバンドでインディーズデビュー。
初ライブが現O-East、同時にラストライブ。ギター&コーラスを担当。
22歳。仲間が創った店に誘われ、三宿でバーテンダーとして働き始める。店の音楽担当だったこともあり、音楽の幅がぐわっと広がる。店でカウンターの上に昇ってギター弾き語ったり、路上ライブをしたりの日々。
そんな中、バーに飲みに来た岡本と意気投合、ピンボール・ドライブの原型を結成。また別のバーでサトシと出会って、本格的に活動開始。
サラリーマンをやりながらバンド活動。当初は自主制作版のつもりだった『andROLL』のレコーディング時、会社を辞め音楽に専念することを決意。するとデビューが決まり、本当に歌うたいとして歩み始める。
主に作詞・作曲・アコギ・ボーカルを担当。
音楽食堂には、2004年8月に初登場。
以後、クラゲ狩り歌合戦、PINBALL DRIVE EXPRESS等の持ち込み企画、周年祭、年末イベント等のビッグイベントに多数出演。
「タテタカコ」や「FUNKIST」らとの縁を繋いでくれた音楽食堂の功労者でもある。



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